こだわりを持つとは


徳永が今年も紅白出場だって。徳永って呼び捨てになってしまったが、もちろん英明こと私の中では、中学1年のころから、ずーっとエイメイなのである。
レイニーブルーでデビューしてから、二度ほど体調不良もあって心配したがこともあったが、いつの間にか大御所的な存在になってしまったようである。
カバーアルバムの火付け役でもあるが、今年はどうかな?って思っていたら紅白決定のようである。
今でも私の前の席に座っていた九州弁徳永がいた、中学入学の頃の教室が光の差し込み具合までもがリアルに思い出される。

カバーアルバムが売れまくった時期に比べて露出の程度は減ったが、今ぐらいが丁度いいのではないだろうか。人目に触れてなんぼのタレントではないのだから。でも、ほぼ毎日何かのCMで歌声を聴くが、どれだけ聞き流していても徳永の声だけにはなぜか反応してしまう。
カバーアルバムが評価されるためには、自分のオリジナルが明確な地位を築けていなければ、カバーどころではないわけだ。どうしても贔屓目に見てしまう部分が多分にあるが、徳永がこだわりをしっかり持ち続けたからだと思っている。

紅白と言えば、歌い手にとっては晴れ舞台であるが、大晦日のこの時間帯は毎年格闘技を裏番組でやっているので、申し訳ないが今年も見ることは出来ないかもしれない。確か去年は上手い具合にタイミングが合って徳永の出番は見たものの、最近コンサートに行ってあげられていないほうが、気になっている。

と、ここまで書いたときに、徳永がFNS歌謡祭でJUJUとデュエットしているではないか!誰もが、そんなに驚くことか?って思うだろうが、JUJUとまなちゃんは幼なじみってことで、それってすごい偶然だと思うのである。

紅白の話題が出だすと、もう2009年も終わりを告げようとしているが、今年はまなちゃんとの撮影を久しぶりに行ったが、撮影の方はあまり精力的に行ったとは言えない。
去年の年末からクルマのパワーアップの計画を立ててコツコツと進めて、ストレスを感じないぐらいにはなった。パワーが上がれば足回りが追いつかなくなるので、そこも手を入れたりしていると夏が終わってしまった。その後、運動不足を身にしみて感じるようになり、MTBの軽いオーバーホールを行っていると秋も深まってしまったという具合である。

基本的に子供の頃から乗り物が好きだった私だが、鉄道にはまったく興味が無かった。自分が好きに運転できなければ意味が無く、電車の運転手になりたいとか一度も思ったことはない。
しかし、若い頃はマニュアルシフトのクルマしか眼中に無かったが、いつの間にかオートマチック車を選んでしまうようになっている自分がいる。それは、最近のATが性能アップしたことと、左足ブレーキングでそこそ楽しい運転が出来てしまうことがあるが、こだわりを諦めた言い訳にすぎないかもしれない。
しかし、最近はツーペダルのマニュアル車でいいクルマが次々に開発されてきており、どんなに運転が上手いドライバーよりもクラッチワークが優れているという。
こういう機能は好きだからこれからの技術の進歩を楽しみにしているのである。

カメラは進歩してはいるのだが、それはビデオ機能が付いたり、画素数がアップしたりであまりメカ好きの心を揺さぶらない。そんな電子的な部分も大事だろうが、キヤノンなどはシャッター音をもう少しなんとか出来ないものだろうか。パコパコとキレがなくニコンに比べて安っぽくて気分を萎えさせるが、私はあれだけでキヤノンのデジ一を買う気がしなくなったくらいである。EOS−1シリーズを銀塩時代はRSも含めて全て所有してきた私が、ニコンにマウントを変更したのはシャッター音も重要な要因であったのだ。
テニスやゴルフなどの競技中なら、静かなシャッター音も有効だろうが、殆どのユーザーにとって関係のないことである。また静かでももう少し、その気にさせてくれる音ってあるだろう。

その辺りのこだわりのユーザーを引き付ける部分のセンスがイマイチなメーカーってどのジャンルにもあると思うのである。
製品として、たとえ劣っていたとしても、ユーザーの心を掴むことが出来れば、それはいい商品なのである。
時計やライターなどの嗜好品は、その傾向が強いように思う。もちろん、クルマやバイクなどはその最たるものであろう。私だって、今のステーションワゴンは気に入っているが、おそらくトータルで優れているであろうトヨタ車には一切目移りしなかった。無骨であってもVR−4のそこが気に入ったのである。男の道具選びなんてそういうものではないだろうか。
と言うことで、これからも来年以降も、こだわりは貫きたいものである。


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