ブレまたそれもヨシ


今まで私は、ピンボケとブレに関しては失敗写真としていた。しかし、最近撮った写真で、フィル
ム丸々一本すべてが被写体ブレという経験をした。

シチュエーションを説明すると、二日間にわたる撮影が終わり夕方の7時前であった。夕食を食べ
るために入った店で、私たちは窓際に陣取った。そして、ふとモデルをつとめてくれたまなちゃん
の顔に傾いた夕陽が程よく射しているのに気づいた。一日で一番優しい光である。振り向くと私の
肩越しにビルの谷間に今にも沈みそうな夕陽がかすかにモヤった都会の空から優しく斜めの光を投
げかけていたのだ。

私は、撮影は終わっていたにもかかわらず、「このチャンスを逃してなるものか!」と思い、急い
でクルマにカメラを取りに走ったのである。一刻の猶予も許されない、その時カメラの中にはフィ
ルムは入っていなかった。だが、手元にはプロビアとベルビアしか残っていない。考える間もなく
プロビアを叩き込んだ。「ISO100・・・増感するべきか・・・、ええいっそのままいってし
まえっ!」慌てていたので、50mmF1.4はクルマの中だ・・・ 持ってきたウエスト・バッ
クの中には85mmF1.8とタムロン28−105mmF2.8の標準ズームの2本。
私はF2.8の標準ズームをEOS−1N RSにねじ込んだ。

その間5分足らずで、まなちゃんの顔に射す光は急降下の兆候である。急がなければ・・・
当然、絞り開放。スポット測光で+1・1/3の露出補正を確認し、まなちゃんの顔に測光エリア
を向けると、シャッター速度は1/8から1/15という過酷な条件だ。RSの弱点がモロに出た
感じである。ここに来て2/3段のロスは大きい。

「こんな光はね、単体の露出計で測ってもそのままの値で撮れるんだよ」とか「すごくいい感じ
で光があたってて、目もキラキラ光ってるよ」とかなんとか言っているうちに、まなちゃんもか
なりその気になってきて、いい表情がで出した。暑い中での撮影をかなりのハードにこなした後
でもあり、力の抜けた自然ないい表情がそこにあった。
・・・ もしかしたら、今回の撮影でのベストショットが撮れるかもしれないぞ ・・・

私は、両肘をテーブルについてカメラを構えた。レンズも望遠ではないのでカメラのブレは起き
ない計算だ。でも・・・ ファインダー越しにバックの様子を確認すると、タングステン照明が
丸ボケになり、薄暗くなった窓があり、店内の感じもアンバー系である。当然まなちゃんの顔も
アンバーに染まっている。瞳は夕陽のキャッチライトでキラキラしてる・・・
そんな雰囲気の時に、ポーズを決めてじっとした固い写真は撮りたくなかったし、撮影が終わっ
てホッと一息と思っていたまなちゃんにまたテンションを上げさせるのはあまりにも酷であると
感じた。
内心、撮影は終わったのにまたカメラを引っ張り出してきたのは、まなちゃんに悪いという気持
ちであったが、こんないい表情を撮らないと絶対に後悔すると思い、まなちゃんの好意に甘えて
撮らせてもらったのだ。 まなちゃんに感謝!感謝!

そこで、私は「ホントに自然で、普通にしてて」とだけ言った。・・・いや、ワンカットだけ、
シャッター速度を1/2秒に設定して首を振ってもらったことがあったが、それだけである。
私は2分足らずで36枚を一気に撮りきった。表情を追いながらバシャバシャとシャッターを切
り続けたって感じである。

仕上がったポジを見てみると、色的には計算通りであった。さっと見た感じではピントも来てて
ブレも無いように見えた。しかし、ライトボックスの上でルーペで確認すると、すべてが軽く被
写体ブレを起こしており、それに伴ってピントも甘いように思えた。

しかし、しかしである。それがまた実にその時の雰囲気が出ていてイイのでる。
ずっと撮影してきて移動距離も長く、やれやれという感じで食事となったのだが、その時のゆった
りした気分と、前に座っているまなちゃんの柔らかい表情の記憶が私に残っているのだが、その記
憶は決して鮮明なものではなくて、夢の中の映像のような感覚として残っているのである。
その記憶と、写真の上がりがオーバーラップして、ピタッとはまるのだ。
自己満足と思われるかもしれないが、多いに結構! 自分でもそう思っているのだから・・・

今まで、ブレ写真は失敗と思っていたが、今回はその点について私自身、認識の軌道修正をさせ
られた思いだ。しかし、今回の写真を他の人は以前の私のように失敗作のレッテルを貼るかもし
れない。
しかし、私はこの時のカットは、撮影の総仕上げとして最高の出来であると思っているし、順を
追って見て行き、最後にこの時の写真のモデルの表情に含まれている何かに引き付けられてしま
う。決して楽ではない撮影だったが、撮影者として信頼してくれているのかな?って。
3枚目の唇をかんだ表情なんて、ハードな撮影を思い返しているのかなぁ・・・?
ほんとうに、まなちゃんはいろんな面を見せてくれる。新鮮さがあるんだよなぁ。


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